曾我を試してみたい

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ホテルのなかでも、特に元気な業態が2つある。
豪華なハードとお酒落なソフトが売り物の「一象華外資系ホテル」(ザ・リッツ・カールトン大阪ほか)と、あらゆるムダを省いた、ただ寝るだけの「宿泊特化型ホテル」(東横インほか)だ。 これら両極端のホテルは、それぞれのマーケットで人気を集め、盛業である。
女性客はホテル内堕象華スパとエステがお気に入りだ。 さらに、男性誌「レオン」に触発されたのか、″チョイもてオヤジ″を気取って、ホテル内の高級エステやスパで″男を磨く″中年男である。
2005年の30人以上の事業所での総労働時間は1834時間という(厚生労働省)。 だが、この10年間正社員の時短はほとんど進んでおらず、実態は2009時間程度で16年前と近いようだ。
デパチカで惣菜を買っていた客も、ホテルの一階にあることから「ホテ・イチ」と呼ばれる売店に宗旨替えしている。 経験豊かなシェフが腕をふるってつくったホテル特製の惣菜(スープ、ローストビーフ、パエリア、ペイストリーなど)を買い求める客が引きもきらない。
その後、オリエンタルホテル(1870年)、日光金谷ホテル(1873年)、富士屋ホテル(1878年)、帝国ホテル(1890年)、丸の内ホテル(1924年)、ホテルニューグランド(1927年)、川奈ホテル(1928年)など、私たちの記憶に残るクラシックホテルが次々と1930年代に入ると、日中戦争そして第2次世界大戦へと、戦争の惨禍に巻き込まれていき、日本のホテル産業も停滞する。 ペリー来航(1853年)によって鎖国の夢を破られ、翌年には日米和親条約が締結された。
来日した外国人のための宿泊施設が必要となった。 こうして1867年に、「ホテル館」が建設され、諸外国の外交団や幕府のお雇い外国人たちに利用される黒船の来航によって始まった。
しかも、最初の100年間で建ったホテルはほんのわずか。 中世のヨーロッパで、キリスト教徒たちが聖地エルサレムへと長い旅をする巡礼の姿があったが、その途中にあった教会が一夜の宿を提供したのが始まりである。

敗戦の焦土に上陸したM元帥率いる連合国進駐軍によって、帝国ホテル東京をはじめとする全国のホテルおよび各地の洋式住宅は軍用住居として接収された。 そして、1952年の対日講和条約の締結によって、接収されていた全国のホテルは段階的に返還されることになる。
とはいえ、1955年頃には、東京都内で目にとまるホテルは帝国ホテル、日活ホテル(この跡地にザ・ペニンシュラ東京が建つ)くらいしかなかった。

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